トップコラムコラム2


コラム2「勇者たちの『戦争』」
〜デスピサロの軍勢はなぜ敗北したのか?〜





デスピサロは、なぜ戦いに敗れたのだろう。
ふと、そんなことを考えた。

考えてみれば、デスピサロの持つ力、正確に言えばその「軍勢」の力は圧倒的
であった。
一般の人間に比べ、身体能力に秀でた魔族。その中でもとびきり優秀な若者で
あるピサロ。
また、彼が率いるモンスターの軍勢。単体としても強力な生物であり、しかも
それが大勢で襲ってくるのだ。

さらには、悪魔に魂を売ったキングレオ王子、禁断のオーヴァーテクノロジー
「進化の秘法」を奪ったバルザックなど、(元)人間の協力者も得た。

その「進化の秘法」そのもの、そして魔力を増幅させるマジックアイテム
「黄金の腕輪」を得た事も大きい。

そして、彼らの「切り札」とも呼べる存在‥‥地底深く眠る「地獄の帝王」
エスターク。

これだけの勢力を集め、この地上を支配する「人間」に挑んだデスピサロで
あったが‥‥結果はご存じの通り、「勇者」率いるわずか8名の部隊に、
その軍勢のほとんどを倒され、デスピサロ自身もまた、その直接対決に敗北
したのである。



あれだけの軍勢を揃えつつも、なぜデスピサロが敗れたか。
言い替えれば、あれだけの軍勢に対し、なぜ勇者たちが勝利し得たか。
その辺を、このコラムでは、この戦いを「戦争」と見なす事により、
その辺の謎を解いていこうと思うのである(その真意は後述する)。



デスピサロの敗れた理由。

恐らく、それは、「勇者にあって、デスピサロに欠落していた戦略」のためで
あろう、と俺は考えるのである。

「勇者にあって、デスピサロに欠落していた戦略」、とは何か?
それは2つあると俺は思う。



まず、そのひとつは「王室対策」である。
王室‥‥すなわち、現在の政府に当たる民衆統治機関への対策において、
デスピサロは完全に勇者に後れを取っていたのである。

デスピサロが手を回した王室は2つ。

ひとつはキングレオ王家。現王の息子を懐柔し、魔の力を授けて怪物へと
その姿を変ぜしめた。そして、その下に、「進化の秘法」を師エドガンから
奪った錬金術師バルザックを付け、領内を統治させたのである。

もうひとつはサントハイム王家。国王が予知夢でエスターク復活を知ると、
その能力を恐れ、サントハイム城内の人間を全員消失させるという力業に
訴えた。
さらには、サントハイム城をモンスターの前線基地と化し、その総司令として
キングレオ城のバルザックを移封したのである。

俺は、ここに、デスピサロのミスがあると思う。
いや、王家を事実上滅ぼし、その支配を取って代わるという思想、それ自体が
間違いというわけではない。むしろその逆である。
狙う場所が少な過ぎたのだ。
全ての王家を支配下に置くぐらいの勢いで、デスピサロは事に臨む必要が
あったのだと思うのである。

そして、現時点の2王家の選び方にも、実は問題がある。
もっと別に狙うべき王家があったのだ。

サントハイム王の持つ予知能力は確かに邪魔だし、サントハイムを狙うのは
理解できる。
問題は、もうひとつのキングレオである。
キングレオ王子が特別たぶらかしやすい人間だった(笑)とか、そういう理由
ならしかたないのかも知れないが、実は、この王家を狙う事に特別なメリット
は無いのである。
もっとメリットのある王家を狙うべきなのだ。

それは、どこか。
世界最大の王国・エンドールか?
最強の陸軍を持つバトランドか?
はたまた、王子とエンドール王女の結婚により、次代の超大国の座が保証
されたボンモールか?

確かに、これらの王家を狙う事に意味がないわけではない。長期的に見て、
デスピサロの野望の達成にはプラスに働く事だろう。
しかし、デスピサロにとっては、実は、一刻も早く、早急に叩いておかねば
ならない王家が存在したのである。
それは、スタンシアラとガーデンブルグの両王家だ。

少しでもドラクエ4に詳しい方なら、もうお分かりだろう。
この両王家は、どちらも、ある貴重な品を、国宝として代々受け継いでいる
のである。
そう、スタンシアラ王家は「天空の兜」を、ガーデンブルグ王家は
「天空の盾」を、いずれも受け継いでいるのだ


この2つに「天空の鎧」「天空の剣」を加えた4つの「天空の武具」‥‥
これらこそは、「天空への塔」の扉を開く鍵。この4つを揃えた事で、勇者は
天空の城へ上り、マスタードラゴンに謁見、天空人の協力を得て、さらには
地底世界、デスピサロの本拠地・デスキャッスル強襲に成功するのである。

そう考えると、デスピサロがスタンシアラとガーデンブルグを攻めず、それに
よって勇者が「天空の武具」全てを揃える事を許したことは、彼にとって
まさに痛恨の戦略ミスであると言えるだろう。

デスピサロは、スタンシアラとガーデンブルグ、その両者がかなわなければ
片方だけでも、先に滅ぼしておくべきであったのだ。
さもなくば、武具だけでも破壊あるいは封印すべきであったのだ。

もっとも、デスピサロは、あの山奥の村で、勇者に化けた少女シンシアを
殺害している。それを勇者だと信じていたならば、天空の武具を使える者は
この世には存在しないと判断し、放置した、という推論も成り立つ。
そうなると、シンシアは、勇者の命のみならず、世界人類すら救ったことと
なるが‥‥

閑話休題。
何はともあれ、デスピサロ敗北の遠因のひとつは、実はこんなところにあった、
と俺は考えるのである。



もうひとつ。
デスピサロは、「人間を滅ぼす」、しかも「今すぐ無条件で滅ぼす」ことに
こだわり過ぎていたのではないかと思う。

実は、それは、彼にとって得策ではなかったのだ。
なぜならば、それゆえに、彼は人間にとって「絶対的な悪」としかなりえない
からである。

実は、デスピサロは、絶対的な悪ではない
これも、ドラクエ4に詳しい方ならご存じであろう。
デスピサロが人間を滅ぼそうと思った真の動機は、自らの愛する女性ロザリー
を虐待し、ついには死に致らしめた人間への復讐である。

この件に関しては、間違いなく、人間側に(そして、そう仕向けた者に)
責任がある。
俺はそう思うし、ドラクエの世界にも、この事を知れば、「人間にも責任が
あるのだなぁ」と考える人が少なくないであろう。

そして、そこにこそ、デスピサロの付け入る隙がある

デスピサロは、この事を‥‥いかにロザリーが人間からひどい目に遭わされて
いたかを、世界中に公表すべきだったのだ。
そして、世論を味方に付けるべきだったのだ。

彼は訴えるべきだったのだ。
魔族は絶対的な悪ではないと。
人間にも非道はあると。
その点において、魔族と人間は等価であると。

たとえ、それが己の身内の陰謀であろうとも、デスピサロは、それは
人間にこそ罪があると、訴えるべきだったのだ


それを恥じ入り、態度を軟化させる人間が出てくるだろう。
そういう考えが、一般の市民に、そして、王族など支配階層の人々の間に
広まっていけば、しめたものである。

その世論を背景に、彼は、次の行動を取ることができる。
取るべき最も効果的な行動‥‥それは、人間代表との、対等な立場での
交渉
だ。
魔族が自ら治める領土、それを持つ事を認めさせることが、その目指す第一の
目標となるだろう。
デスパレス周辺、できればリバーサイドを含むあの大陸を支配下に置きたい
ところである。さらにできれば、ロザリーヒル、そしてエルフの住む世界樹の
周辺も領土に加えられれば言うことはない。

一定の土地に定住し、おとなしくなった魔族。
表向きは平和的な解決‥‥

しかし、長い年月の間に、人間は油断する。そして、その日のために、魔族は
密かに牙を研ぎ澄ますのだ。
そう、その日‥‥
魔族、またロザリーヒルのホビット、世界樹のエルフといった、日ごろ人間と
いう種を快く思わぬ亜人間(デミヒューマン)諸族を糾合し、圧倒的大兵力で
蜂起するその日‥‥。
果たして、油断し、堕落した人類に、打つ手は残っているのか?



人間の非道を糾弾し、一度偽りの和睦を結ぶ。時間を稼ぎ、力を蓄えた後に、
一気に蜂起する。
まずは、当時の政府である各王家を殲滅。第一目標は、「天空の兜」「天空の
盾」を伝えるスタンシアラ、ガーデンブルグの両王家ということになろう。

民衆を束ねるシステムを破壊し、唯一の脅威となりうる「勇者」の力の源で
ある「天空の武具」を葬れば、もはや、魔族の進軍を阻む物は何もない。
人間は滅び、魔族の世がやってくる。

恐らく、それこそが、デスピサロが現在取りうる、最も有効な「人間を滅ぼす
方法」だと思うのである。
だが‥‥デスピサロは、そうしなかった。

恐らく、その「偽りの和睦」をも拒むほど、人間という種に対するデスピサロ
の憎しみは、激しいものであったのだろう。
一刻も早く、人間をこの世から抹殺する事、それだけを考え続け、行動して
きたのだろう。
彼にとって人間とは、話し合える相手などではない。ただ、憎悪の対象でしか
ないのだ。

だからこそ、デスピサロは、「偽りの和睦」を結んで時間を稼ぐ事もせず、
世論を味方に付ける事もせず、ただひたすら純粋に、人間を滅ぼす事だけを
追求してきたのだ。
だが、逆にそれ故、彼は、地上全ての人間を敵に回して戦わざるをえなく
なってしまったのだ。

彼自身の力の源であった人間への憎悪。それ自体が逆に、彼を追い詰めたので
ある。
まさに、皮肉というしかない。



ひるがえって、勇者の陣営はどうか。

王族を、そして一般市民を味方に付けることを嫌ったのがデスピサロなら、
彼らを(意図したか否かは別として)見事に味方に付けていったのが、勇者
たちであった。

彼らの足跡を見て欲しい。
偶然か必然か、彼らは、見事に、地上の全ての王家を訪ねて回ったのである。

勇者が、村から旅立ち、ブランカへ、そしてトンネルを通りエンドールへ。
ソレッタ、キングレオ、サントハイム、スタンシアラ、バトランド、ガーデン
ブルグ、そして天空城‥‥

このうち、キングレオとサントハイムは、既に敵の手に落ちていた。また、
上記に書かなかった王家であるが、ボンモール王は王太子リックの結婚式の
ためエンドールに滞在中である。メダル王は、世界の趨勢とは全く無縁の
生活を送っており、ここで挙げる必要はあるまい。
つまり、彼らは、可能な限り全ての王家と接触し、協力を要請した
のである。

もちろん、人類滅亡の危機が迫っているといえども、彼らの奉じる「勇者」が
真に世界を救いうる勇者なのか、それが海の物とも山の物ともつかない以上、
各王家としては、盲目的に信じるわけにはいかないのも事実。
ならば、なぜ彼らは、各王家の協力を最終的に取りつける事ができたのか?

答えは簡単で、勇者たち一行‥‥「導かれし者」の中に、各王家を納得させる
に足るポテンシャルを持つ者が存在したからである。
その筆頭は、言うまでもなく、サントハイム王国第一王女、アリーナ姫で
あろう。
同じ王家の血を引く彼女‥‥そして、サントハイム城にいた全員が消滅した
(すなわち、それは、サントハイムの統治システムが丸ごと消滅したことと
同義である!)現在となっては、サントハイム王家の、そしてサントハイム
王国という国家の代表である彼女。
彼女の、そして彼女付きの侍従ブライと神官クリフトの意見ならば、各王家も
聞く耳を持つだろう。

バトランドの王宮戦士、ライアンも重要な役割を担うであろう。
彼は、バトランド王の勅命で、地獄の帝王エスタークの復活を阻止し、また
それが可能な勇者を探し、守るための旅をしていた。
この問題に関する限り、彼の言葉はバトランド王の言葉である。他王家と
いえど、それを意識せずにはいられないはずだ。

そして、もうひとり。
世界最大の商業ネットワークを持つ、エンドール・ボンモール両王家御用達の
商人トルネコだ。
国を動かすほどの影響力を持つ彼の意見である。アリーナ姫の意見同様、
エンドールとボンモールをはじめ、各王家も関心を示すに違いない。

かくして、各王家‥‥すなわち各国の政治中枢に対する働きかけは、次々と
成功していった。
先ほど述べた、スタンシアラとガーデンブルグに眠る天空の武具を入手する
事ができた。また、ガーデンブルグ女王からは、この戦争の鍵を握る少女、
ロザリーの住んでいた街・ロザリーヒルの場所を聞き出している(それ
以前に、そのガーデンブルグの場所も、バトランド王から聞いたのだが)。



それでは、王家以外‥‥一般市民に関しては、彼らは何をしたのか。
これに関しては想像の域を出ないが、少なくとも、一般市民を味方に付けよう
とは、考えたと思う。
そして、それが出来る人物も、「導かれし者」の中に存在するのだ。

エドガンの娘、マーニャとミネア。
踊り子と占い師‥‥職種は違えど、いずれも、人を集め、人に意見を訴えうる
職業の、しかもかなりの腕利きである。
また、それにもまして、彼女達の経験した悲劇‥‥「進化の秘法」を発見した
父、そしてそれ故の父の死。弟子バルザック、そしてその上役キングレオへの
復讐。
その悲劇性に人々は強く惹かれ、また「進化の秘法」の危険性に、人々は
恐怖するのだ。
それを一般市民に完全に伝えうる訴求力が、彼女達にはあるのである。

そして、ここで再び登場するのがトルネコだ。
彼は王家にも影響力を持つ男であるが、それ以前に、商人である以上、世界
中の「商人」に対して影響力を持つ、と考えねばならない。
商人の経営する商店が、必然的に市民の集まる場所である事を考えると、
商人への影響力を行使することは、つまり、買い物客へ影響を行使する事に
他ならない。
何せ、店員に「地獄の帝王が復活するらしいねぇ、デスピサロって男が
進化の秘法ってのを使うらしいねぇ。怖いねぇ」などと、ちらっと吹き込めば
いいのである。
その一言は、そこに集う買い物客に伝わり‥‥いつしか、その街の噂になるで
あろう。
そして、前述の通り、少なくとも「進化の秘法」に関しては、それが存在する
ことの生き証人がいるのだ。真実味がいや増す事は言うまでもない。



人々は、信じるであろう。

いつも行く店の主人が、噂をしている。「世界一の商人から聞いた」と。
「進化の秘法」を知ったが故に殺された男の娘が、その悲劇を切々と語る。
サントハイムの美しき王女が、バトランドの誇りある王宮戦士が、訴える。
地獄の帝王の復活が近いと。恐るべきデスピサロを倒せと。
そのための力を秘めた、緑色の髪の「勇者」は、彼らと共にあると‥‥。

世界の人々は、彼らを信じるであろう。
そして、「勇者」と「導かれし者」に、自らの希望を託すであろう。


その時点で、彼らは勝利したのだ。
彼らは、全人類を味方に付けることに成功したのだから。
そして、それ故に彼らは、天空の武具を手に入れ、マスタードラゴンの力を
得る事ができたのだから。



デスピサロはこうして、世界の全王家、地上の全人類を敵に回して戦わざるを
得なくなったのである。

それは確かに、デスピサロ自身の望むところであったかもしれない。
人間など滅ぶべき存在。仲間はもちろん、手下にすらしたくないと思ったかも
しれない。

しかし、それ故、デスピサロは勝てなかったのである。

デスピサロの、あまりに純粋な憎悪、あまりに真っ直ぐな怒り。
だがそれは、彼の「国際世論工作」「情報工作」の欠如、という形で、彼
自身に跳ね返ったのだ。



デスピサロの、二つの失策。

王室という統治システムの支配あるいは破壊の不徹底。
「世論工作」「情報工作」の欠如。


この戦いを「人間と魔族との戦争」と捉えたならば、勝敗の趨勢を決した
のは、まさにこの二点の成否であったと考えるのである





いかがだろうか。
DQ4の世界を巨視的に見てみると、こういう視点も浮かぶのである。
そして、それは決して、荒唐無稽なデタラメではない、と俺は思うのだ。

(おしまい)
トップコラムコラム2