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 『紫式部日記(黒川本)

 いかに、今は言忌みしはべらじ。人、と言ふとも、かく言ふとも、ただ阿弥陀仏にたゆみなく、経をならひはべらむ。世の厭はしきことは、すべてつゆばかり心もとまらずなりにてはべれば、聖にならむに、懈怠すべうもはべらず。ただひたみちに背きても、雲に乗らぬほどのたゆたふべきやうなむはべるべかなる。それに、やすらひはべるなり。年もはた、よきほどになりもてまかる。いたうこれより老いほれて、はた目暗うて経読まず、心もいとどたゆさまさりはべらむものを、心深き人まねのやうにはべれど、今はただ、かかるかたのことをぞ思ひたまふる。それ、罪深き人は、またかならずしもかなひはべらじ。前の世知らるることのみ多うはべれば、よろづにつけてぞ悲しくはべる。
 【六 宮仕女房批評記の結び】
 御文にえ書き続けはべらぬことを、良きも悪しきも、世にあること、身の上の憂へにても、残らず聞こえさせおかまほしうはべるぞかし。けしからぬ人を思ひ、聞こえさすとても、かかるべいことやははべる。されど、つれづれにおはしますらむ、またつれづれの心を御覧ぜよ。また、おぼさむことの、いとかうやくなしごと多からずとも、書かせたまへ。見たまへむ。夢にても散りはべらばいといみじからむ。耳も多くぞはべる。このころ反古もみな破り焼き失ひ、雛などの屋づくりに、この春しはべりにし後、人の文もはべらず、紙にはわざと書かじと思ひはべるぞ、いとやつれたる。こと悪ろきかたにははべらず、ことさらによ。御覧じては疾うたまはらむ。え読みはべらぬ所々、文字落としぞはべらむ。それはなにかは、御覧じも漏らさせたまへかし。かく世の人ごとの上を思ひ思ひ、果てにとぢめはべれば、身を思ひ捨てぬ心の、さも深うはべるべきかな。何せむとにかはべらむ。

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  第二部 宮仕女房批評記  第二章 わが身と心を自省  【六 宮仕女房批評記の結び】

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