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 『化鳥』 青空文庫

其は母様《おつかさん》が御存《ごぞん》じで、私《わたし》にお話しなすツた。
八九年前のこと、私《わたし》がまだ様《おつかさん》のお腹ん中に小《ちつ》さくなつて居た時分なんで、正月、春のはじめのことであつた。
今は唯広い世の中に母様《おつかさん》と、やがて、私《わたし》のものといつたら、此番小屋と仮橋の他にはないが、其時分は此橋ほどのものは、邸《やしき》の庭の中の一ツの眺望《ながめ》に過ぎないのであつたさうで、今市の人が春、夏、秋、冬、遊山に来る、桜山も、桃谷も、あの梅林《ばいりん》も、菖蒲《あやめ》の池も皆父様《とつちやん》ので、頬白だの、目白だの、山雀《やまがら》だのが、この窓から堤防《どて》の岸や、柳の下《もと》や、蛇籠《じやかご》の上に居るのが見える、其身体《からだ》の色ばかりが其である、小鳥ではない、ほんとうの可愛らしい、うつくしいのがちやうどこんな工合《ぐあひ》に朱塗の欄干のついた二階の窓から見えたさうで。今日《けふ》はまだおいひでないが、かういふ雨の降つて淋しい時なぞは、其時分《そのころ》のことをいつでもいつてお聞かせだ。

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