検索結果詳細


 『日本橋』 青空文庫

 跡方も無い嘘は吐けぬ。……爺さんは実に、前刻にお孝にもその由を話したが……平時は、縁日廻りをするにも、お千世が左褄を取るこの河岸あたりは憚っていたのである。が、抱主の家へは自分の了簡でも遠慮をするだけ、可愛い孫の顔は、長者星ほど宵から目先にちらつくので、同じ年齢の、同じ風俗の若い妓でも、同じ土地で見たさの余り、ふとこの夜に限って、西河岸の隅へ出たのであった。
 帰りがけの霞の空の、真中を蔽う雲を抜けて、かんてらの前へ、飛出したお千世の姿は、爺さんの目には、背後の蔵から昨夜のが抜出したように見えて、あっと腰を抜いて、ぺたんと胡坐を掻いて、ものを言うより莞爾々々としていたのである。

 1026/2195 1027/2195 1028/2195


  [Index]