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 『活人形』 鏡花とアンティークと古書の小径

 横須賀の探偵に早替りせる銀平は、亭主に向ひて声低く、「実は、横須賀のさる海軍士官の令嬢が、江の島へ参詣に出懸けたまゝ、今以つて、帰つて来ない。と口より出任せの嘘を吐《つ》けど、今の本事《てなみ》を見受けたる、得右衛門は少しも疑はず。真に受けて、「なるほど/\。と感じ入りたる体なり。銀平いよ/\図に乗り、「えゝ、其で必定《てつきり》誘拐《かどはか》されたといふ見込でな。僕が探偵の御用を帯びて、所々方々と捜して居る処だ。「御道理《ごもつとも》。先刻《さつき》からの様子では、お前の処に誰か婦人を蔵匿《かくま》つてある。其をば悪者が嗅ぎ出して、奪返しに来た様子だが。……と言ひつゝ亭主のを屹と見れば、鈍《おぞ》や探偵と信じて得右衛門は有体《ありてい》に、「左様、其通り。実はこれ/\の始末にて。と宵よりありし事を落《おち》も無くいうて退《の》くれば、銀平はしてやつたりと肚《はら》に笑みて、表面《うはべ》に益々容体《ようだい》を飾り、「はゝあ、御奇特の事ぢや、聞く処では年齢と言ひ、風体《ふうてい》と言ひ、全く僕が尋ねる令嬢に違ひ無い。いや、追つて其許《そのもと》に、恩賞の御沙汰これあるやう、僕から上申を致さう、慥《たしか》かに其が見度いものぢやが、といふに亭主はほく/\喜び、見事善根をしたる所存、傍聞《かたへぎき》する女房を流眄《しりめ》に懸けて、乃公《だいこう》の功名まッこのとほり、それ見たことかといはぬばかり。あはれ銀平が悪智慧に欺むかれて、いそ/\と先達して、婦人を寝《やす》ませ置きたる室へ、手燭を取つて案内せり。

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