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『日本橋』 青空文庫
「考えるに及ばないよ、そんな字は一つも無い。ところが、松坂屋の前を越して、あすこは、黒門町を曲ろうとする処だ。……ふっと! 心から胸へ、衣ものの襟へ突通るような妙な事を思ったのが、その(サ)の字、左の手に持っていた切符を視て、そこにサの字が一字あったら、それから行って逢うつもりの。」
「清葉さん。」と薄目で見越して、猪口は紅を噛んだかと思う、微笑のお孝の唇。
「……止そう、そんな事を云うんなら。」と葛木は苦笑して、棒縞お召の寝々衣を羽織った、胡坐ながら、両手を両方へ端然と置く。
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