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 『木の子説法』 青空文庫

 時は盂蘭盆《うらぼん》にかかって、下町では草市が立っていよう。もののあわれどころより、雲を掻裂きたいほど蒸暑かったが、何年にも通った事のない、十番でも切ろうかと、曾我ではなけれど気が合って歩行《ある》き出した。坂を下りて、一度ぐっと低くなる窪地《くぼち》で、途中街燈の光が途絶えて、鯨が寝たような黒い道があった。鳥居坂の崖下《がけした》から、日《ひ》ヶ窪の辺らしい。一所《ひとところ》、板塀の曲角に、白い蝙蝠《こうもり》が拡《ひろが》ったように、比羅《びら》が一枚貼《は》ってあった。一樹が立留まって、繁った樫《かし》の陰に、表町の淡い燈《ひ》にすかしながら、その「――干鯛かいらいし――……蛸とくあのくたら――」を言ったのである。
「魚説法《うおせっぽう》、というのです――狂言があるんですね。時間もよし、この横へ入った処らしゅうございますから。」
 すぐ角を曲るように、樹の枝も指せば、おぼろげな番組の末に箭《や》の標示がしてあった。古典な能の狂言も、社会に、尖端《せんたん》の簇《やじり》を飛ばすらしい。けれども、五十歩にたりぬ向うの辻の柳も射ない。のみならず、矢竹の墨が、ほたほたと太く、蓑《みの》の毛を羽にはいだような形を見ると、古俳諧にいわゆる――狸を威《おど》す篠張《しのはり》の弓である。

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