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 『木の子説法』 青空文庫

 一軒隣に、焼芋屋がありましてね。またこの路地裏の道具屋が、私の、東京ではじめて草鞋《わらじ》を脱いだ場所で、泊めてもらった。しかもその日、晩飯を食わせられる時、道具屋が、めじの刺身を一臠《ひときれ》箸《はし》で挟んで、鼻のさきへぶらさげて、東京じゃ、これが一皿、じゃあない、一臠、若干金《いくら》につく。……お前たちの二日分の祭礼《まつり》の小遣いより高い、と云って聞かせました。――その時以来、腹のくちい、という味を知らなかったのです。しかし、ぼんやり突立《つった》っては、よくこの店を覗《のぞ》いたものです。――横なぐりに吹込みますから、古風な店で、半分蔀《ひよけ》をおろしました。暗くなる……薄暗い中に、颯《さっ》と風に煽《あお》られて、媚《なま》めかしい婦《おんな》の裙《もすそ》が燃えるのかと思う、あからさまな、真白《まっしろ》な大きな腹が、蒼《あお》ざめた顔して、宙に倒《さかさま》にぶら下りました。……御存じかも知れません、芳年《よしとし》の月百姿の中の、安達《あだち》ヶ原、縦絵二枚続《にまいつづき》の孤家《ひとつや》で、店さきには遠慮をする筈《はず》、別の絵を上被《うわっぱ》りに伏せ込んで、窓の柱に掛けてあったのが、暴風雨《あらし》で帯を引裂いたようにめくれたんですね。ああ、吹込むしぶきに、肩も踵《かかと》も、わなわな震えている。……

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