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 『婦系図』 青空文庫

 一場展開した広小路は、二階の燈《ひ》と、三階の燈と、店の燈と、街路の燈と、蒼《あお》に、萌黄に、紅に、寸隙《すきま》なく鏤《ちりば》められた、綾《あや》の幕ぞと見る程に、八重に往来《ゆきか》う人影に、たちまち寸々《ずたずた》と引分けられ、さらさらと風に連れて、鈴を入れた幾千の輝く鞠となって、八方に投げ交わさるるかと思われる。
 ここに一際夜の雲の濃《こま》やかに緑の色を重ねたのは、隅田へ潮がさすのであろう、の影か、星が閃《きらめ》く。
 我が酒井と主税の姿は、この広小路の二点となって、浅草橋を渡果てると、富貴竈《ふうきかまど》が巨人のごとく、仁丹が城のごとく、相対して角を仕切った、横町へ、斜めに入って、磨硝子《すりがらす》の軒の燈籠の、媚かしく寂寞《ひっそり》して、ちらちらと雪の降るような数ある中を、蓑《みの》を着た状《さま》して、忍びやかに行くのであった。

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