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 『活人形』 鏡花とアンティークと古書の小径

 得三は、といきを吐《つ》きて高田に向ひ、「御覧の通りで仕様がありません。式作法には無いことだが、お藤の手足をふん縛《じば》つて、さうして貴下に差上げませう、喃《なう》、お録、其が可いぢや無いか。「其が好うございます。其後は活《いか》すとも殺すとも、高田様《さん》の御存分になさいましたら、ねえ旦那。といへば得三引取つて、「ねえ高田様《さん》。駄平は舌舐ずりして、「慾にも得にももう迚《とて》もぢや哩《わい》。左様《さう》して貰ひませうよ。「では証文をな。「うゝ、承知、承知。爰《こゝ》に恐しき相談一決して、得三は猶予無く、お藤の帯に手を懸けぬ。娘は無念さ、恥かしさ。あれ、と前褄引合して、蹌踉《よろめき》ながら遁げむとあせる、裳《もすそ》をお録が押ふれば、得三は帯際取つて屹と見え。高田は扇を颯と開き、骨の間《あひ》から覗いて見る。知らせにつき道具廻る。
 さても得右衛門は銀平を下枝の部屋に誘引《いざなひ》つ、「此室《こゝ》に寝さして置きました。と部屋の戸を曳開《ひきあ》くれば、銀平の後に続きて、女房も入つて見れば、こはいかに下枝の寝床は藻脱《もぬけ》の殻、主の姿は無かりけり。「呀《や》。「おや。「これは、と三人が呆れ果てて言葉も出でず。

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