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 『夜行巡査』 青空文庫

「うんや、驚くこたあない、また疑うにも及ばない。それを、そのお母さんを、おまえのお父《とっ》さんに奪られたのだ。な、解ったか。もちろんおまえのお母さんは、おれがなんだということも知らず、弟《おとと》もやっぱり知らない。おれもまた、口へ出したことはないが、心では、心では、実におりゃもう、お香、おまえはその思い遣りがあるだろう。巡査というものを知ってるから。婚礼の席に連なったときや、明け暮れそのなかのいいのを見ていたおれは、ええ、これ、どんな気がしたとおまえは思う」
 という声濁りて、痘痕《とうこん》の充てる頬骨高き老の酒気を帯びたるに、一眼の盲いたるがいとものすごきものとなりて、拉《とりひし》ぐばかり力を籠めて、お香の肩を掴み動かし、

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