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『草迷宮』 鏡花とアンティークと古書の小径
元来《もと》この座敷は、京ごのみで、一間の床の間の傍に、高い袋戸棚が附いて、傍《かたえ》は直ぐに縁側の、戸棚の横が満月形《まんげつなり》に庭に望んだ丸窓で、嵌込の戸を開けると、葉山繁山中空へ波をかさねて見えるのが、今は焼けたが故郷の家の、書院の構えに肖《そっくり》で、懐しいばかりでない。これも此処で望《のぞみ》の達せらるる兆か、と床しい、と明がいって、直ぐにこの戸棚を、卓子《テエブル》卓子擬いの机に使って、旅硯も据えてある。椅子がわりに脚榻《きゃたつ》を置いて。……
周囲《まわり》が広いから、水差茶道具の類も乗せて置く。
そこで、この男の旅姿を見た時から、丁《ちゃん》と心づもりをしたそうで、深切な宰八爺いは、夜の具《もの》と一所に、机を背負《しょっ》て来てくれたけれども、それは使わないで、床の間の隅に、埃は据えず差置いた。心に叶って逗留もしょうなら、用いて書見をなさいまし、と夜食の時に言ってくれた。
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