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 『日本橋』 青空文庫

 何ですか、可懐くって、身に染みてならないのに、少々|仔細が有りましてね、もうその方ともこれっきり、お目に掛られないかも知れなくなったの。七年|以来、夢にまで、ほんとうに夢を見て頂くまで、贔屓に……思って……下すった……のに。」
 袖を落して悄るる手に、鉄の欄干は痛々しい。
「私……もう御別離をお見送り申し旁々、せめて、この橋まで一所に来て、優しい事を二人でして、活きものの喜ぶのを見たかったんですけれども、二人ばかりの朧夜は、軒続きを歩行くのさえ謹まねばならないように、もう久しい間……私ねえ、躾けられているもんですから、情ないのよ。お爺さん。お恥かしいじゃありませんか。そのね、(二人で来る。)というのさえ、思出さねば気が付かない迄、好な事、嬉しい事、床しい事も忘れていて、お暇乞をしたあとで、何だかしきりに物たりなくって、三絃を前に、懐手で熟と俯向いている中に、やっと考え出したほどなんですもの。

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