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 『高野聖』 泉鏡花を読む

「心細さは申すまでもなかつたが、卑怯な様でも修行の積まぬ身には、恁う云ふ暗い処の方が却つて観念に便が宜い。何しろ体が凌ぎよくなつたために足の弱も忘れたので、道も大きに捗取つて、先づこれで七分は森の中を越したらうと思ふ処で五六尺天窓の上らしかつた樹の枝から、ぼたりと笠の上へ落ち留まつたものがある。
 鉛の錘かとおもふ心持、何か木の実ででもあるか知らんと、二三度振つてみたが附着いて居て其まゝには取れないから、何心なく手をやつて掴むと、滑らかに冷りと来た。
 見ると海鼠を裂いたやうな目も口もない者ぢやが、動物に違ひない。不気味で投出さうとするとずる/\と辷つて指の尖へ吸ついてぶらりと下つた、其の放れた指の尖から真赤な美しい血が垂々と出たから、吃驚して目の下へ指をつけてぢつと見ると、今折曲げた肘の処へつるりと垂懸つて居るのは同形をした、幅が五分、丈が三寸ばかりの山海鼠。

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