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 『草迷宮』 鏡花とアンティークと古書の小径

 長く冷たき黒髪は、玉の緒を揺る琴の糸の肩に懸って響くよう、互の口へ出ぬ声は、膚に波立つ血汐となって、聞えぬ耳に調《しらべ》を通わす、幽《かすか》に触る手と手の指は、五ツと五ツと打合って、水晶の玉の擦れる音、戦《わなな》く裳《もすそ》と、震える膝は、漂う雲に乗る心地。
 ああこれこそ、我が君……と縋り寄れば、乳房に重く、胸に軽く、手に柔かく腕《かいな》に撓《たゆ》く、女は我を忘れて、抱く――
 我児危い、目盲いたか。罪に落つる谷底の孤家《ひとつや》の灯とも辿れよ、と実の母君の大空から、指さし給う星の光は、電《いなずま》となって壁に閃き、分れよ、退けよ、とおっしゃる声は、とどろに棟に鳴渡り、涙は降って雨となる、情の露は樹に灌ぎ、石に灌ぎ、草さえ受けて、暁の旭の影には瑠璃、紺青、紅の雫ともなるものを。

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