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 『海神別荘』 華・成田屋

公子  分りました。それはお七と云う娘でしょう。私は大すきな女なんです。御覧なさい。どこに当人が歎き悲みなぞしたのですか。人に惜まれ可哀(あわれ)がられて、女それ自身は大満足で、自若として火に焼かれた。得意想うべしではないのですか。なぜそれば刑罰なんだね。もし刑罰とすれば、恵(めぐみ)の杖(しもと)、情の鞭だ。実際その罪を罰しようとするには、そのまま無事に置いて、平凡に愚図愚図に生存(いきなが)らえさせて、皺だらけの婆にして、その娘を終らせるが可いと、私は思う。・・・分けて、現在、殊にそのお七のごときは、姉上が海へお引取りになった。刑場の鈴ヶ森は自然海に近かった。姉上は御覧になった。鉄の鎖は手足を繋いだ、燃草(もえぐさ)は夕霜を置残してその肩を包んだ。煙は雪の振袖をふすべた。炎は緋鹿子を燃え抜いた。緋の牡丹が崩れるより、虹が燃えるより美しかった。恋の火の白熱は、凝って白玉となる、その膚を、氷った雛芥子の花に包んだ。姉の手の甘露が沖を曇らして注いだのだった。そのまま海の底へお引取りになって、現に、姉上の宮殿に今も十七で、の珊瑚の中に結綿の花を咲かせているのではないか。

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