検索結果詳細


 『古狢』 青空文庫

 蝙蝠《こうもり》に浮かれたり、蛍《ほたる》を追ったり、その昔子供等は、橋まで来るが、夜は、うぐい亭の川岸は通り得なかった。外套氏のいう処では、道の途中ぐらい、麓《ふもと》の出張った低い磧《かわら》の岸に、むしろがこいの掘立小屋《ほったてごや》が三つばかり簗《やな》の崩れたようなのがあって、古俳句の――短夜《みじかよ》や(何とかして)川手《かわちょうず》――がそっくり想出された。そこが、野三昧《のざんまい》の跡とも、山窩《さんか》が甘いを慕って出て来るともいう。人の灰やら、犬の骨やら、いずれ不気味なその部落を隔てた処に、幽《かすか》にその松原が黒く乱れて梟《ふくろ》が鳴いているお茶屋だった。――〓《うぐい》、鮠《はや》、鮴《ごり》の類は格別、亭で名物にする一尺の岩魚《いわな》は、娘だか、妻女だか、艶色《えんしょく》に懸相《けそう》して、獺《かわおそ》が件《くだん》の柳の根に、鰭《ひれ》ある錦木《にしきぎ》にするのだと風説《うわさ》した。いささか、あやかしがついていて、一層寂れた。鵜《う》の啣《くわ》えた鮎《あゆ》は、殺生ながら賞翫《しょうがん》しても、獺の抱えた岩魚は、色恋といえども気味が悪かったものらしい。

 148/310 149/310 150/310


  [Index]