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 『義血侠血』 青空文庫

 腹立つ者、無理言う者、呟く者、罵る者、迷惑せる者、乗り合いの不平は奴の一身に湊《あつ》まれり。渠はさんざんに苛まれてついに涙ぐみ、身の措き所に窮して、辛くも車の後に竦みたりき。乗り合いはますます躁《さわ》ぎて、敵手《あいて》なき喧嘩に狂いぬ。
 御者は真一文字に馬を飛ばして、雲を霞と走りければ、人は魂身に添わず、目を閉じ、息を凝らし、五体を縮めて、力の限り渠の腰に縋りつ。風は〓々《しゅうしゅう》と両腋《りょうえき》に起こりて毛髪竪《た》ち、道はさながら河のごとく、濁流脚下に奔注《ほんちゅう》して、身はこれ虚空を転《まろ》ぶに似たり。

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