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 『草迷宮』 鏡花とアンティークと古書の小径

 「あれ、あれ、雲が乱るる。――花の中に、母君の胸が揺ぐ。おお、最惜《いとお》しの御子に、乳飲まそうと思召《おぼしめ》すか。それとも、私が挙動《ふるまい》に、心騒ぎのせらるるか。客僧方《あなたがた》には見えまいが、地の底に棲むものは、昼も星の光を仰ぐ。御姿かたちは、よく見えても、彼処は天宮、此処は地獄、言《ことば》といっては交わされない。
 しき夢見るお方、」
 あれ、彼処に母君在《まし》ますぞや。愛惜《あいじゃく》の一念のみは、魔界の塵にも曇りはせねば、我が袖、鏡と御覧ぜよ。今、この瞳に宿れる雫は、母君の御情《おんなさけ》の露を取次ぎ参らする、乳の滴《したたり》ぞ、と袂を傾け、差寄せて、差俯き、はらはらと落涙して、

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