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 『天守物語』 泉鏡花を読む

舌長姥 こぼれた羹《あつもの》は、埃溜《はきだめ》の汁でござるわの、お塩梅《あんばい》には寄りませぬ。汚穢《むさ》や、見た目に、汚穢《むさ》や。どれ/\掃除して参らせうぞ。(紅の袴にて膝行《いざ》り出で、桶を皺手に犇《ひし》と圧《おさ》へ、白髪《しらが》を、ざつと捌《さば》き、染めたる歯を角《けた》に開け、三尺ばかりの長き舌にて生首の顔の血をなめる)汚穢《むさ》や、(ぺろ/\)汚穢《むさ》やの。(ぺろ/\)汚穢《むさ》やの、汚穢《むさ》やの、あゝ、甘味《うま》やの、汚穢《むさ》やの、あゝ、汚穢《むさ》いぞの、やれ、甘味《うま》いぞなう。
朱の盤 (慌《あわたゞ》しく遮《さへぎ》る)やあ、姥《ばあ》さん、歯を当てまい、ご馳走が減りはせぬか。
舌長姥 何のいの。(ぐつたりと衣紋を抜く)取る年の可恐《おそろし》しさ、近頃は歯が悪うて、人間の首や、沢庵の尻尾《しつぽ》はの、かくやにせねば咽喉《のど》へは通らぬ。そのまゝの形では、金花糖の鯛でさへ、横噛りにはならぬ事よ。

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