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 『日本橋』 青空文庫

 かつて、その岐阜県の僻土、辺鄙に居た頃じゃったね。三国峠を越す時です。只今、狼に食われたという女の検察をしたがね、……薄暮です。日帰りに山家から麓の里へ通う機織の女工が七人づれ、可えですか。……峠をもう一息で越そうという時、下駄の端緒が切れて、一足後れた女が一人キャッと云う。先へ立った連の六人が、ひょいと見ると、手にも足にも十四五疋の、狼で蔽被さった。――身体はまるで蜂の巣ですわ。
 私は反対の方から上りかかったんでね。峠から駆下りて来た郵便脚夫が一人、(旦那、女が狼に食われております。)と云い棄てて、すたすた行きおる。――あとで、そのを覚えとったで、(なぜ通りかかって助けんかい。)……叱った処で、在郷軍人でもなし仕方が無い。そういう事も現在見た。

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