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 『夜行巡査』 青空文庫

 決然として振り払えば、力かなわで手を放てる、咄嵯《とっさ》に巡査は一躍して、棄つるがごとく身を投ぜり。お香はハッと絶え入りぬ。あわれ八田は警官として、社会より荷《にな》える負債を消却せんがため、あくまでそのせんことを、むしろ殺さんことを欲しつつありし悪魔を救わんとて、氷点の冷、水凍る夜半《よわ》に泳ぎを知らざる身の、生命とともに愛を棄てぬ。後日社会は一般に八田巡査を仁なりと称せり。ああはたして仁なりや、しかも一人の渠《かれ》が残忍苛酷にして、恕《じょ》すべき老車夫を懲罰し、憐《あわれ》むべき母と子を厳責したりし尽瘁《じんすい》を、讃歎《さんたん》するもの無きはいかん。

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