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 『日本橋』 青空文庫

 大学の廊下を人立して、のさのさと推寄せた伝吾が、小使に導かれて、生理学教室の扉に臨んだ時、呀、恋の敵の葛木は、籐の肱つき椅子に柔く腕を投げて、仰向けに長くなって、寝ながら巻莨を喫んでいた。……が、客|来る、と無造作に身を起して、カタリと大床に靴を据えた。その音さえ、谺するまで、高い天井、大空に科学の神あって彼を守護するごとくであるのに、かてて加えた学友が、五人の数、彼を取巻いて、あたかも迷宮の奇き灰色の柱のごとく、すくすくと居合わせたのが、希有な侵入者を見ると、一斉に伝吾に瞳を向けた。知らずや、その中に一人外科の俊才で、渾名を梟と云う……顔が似たのではない。いかもの食の大腕、かねて御殿山の梟を生捕って、雑巾に包んで、暖炉にくべて丸蒸を試みてから名が響く、猫を刻んでおしゃます鍋、モルモットの附焼、いささか苦いのは、試験用の蛙の油揚だと云う、古今の豪傑、千場彦七君が真黒な服を着けて、高い鼻に、度の強いぎらぎらと輝く眼で、ござんなれ、好下品、羆の皮をじろりと視て、頭から塩を附けたそうにニヤリと笑った。――この威にや恐れけん。

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