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 『活人形』 鏡花とアンティークと古書の小径

高田は尚も詰寄りて、「妖物《ばけもの》屋敷に長居は無益《むやく》だ。直ぐ帰るから早く渡せ。「そりや借りた金だ抵当のお藤が居無くなれば、屹度お返済《かへし》申すが、未だ家の財産も我が所有《もの》にはならず、千円といふ大金、今といつては致方《いたしかた》がございません。何卒《どうぞ》暫時《しばらく》の処を御勘辧。「うんや、ならねえ。此駄平、言ひ出したからは、血を絞つても取らねば帰らぬ。きり/\此処へ出しなさい。と言ひ募るに得三は赫として、「こゝな、没分暁漢《わからずや》。無い者《もな》ア仕方が無え。と足を出せば、「踏む気だな。可いわ。踏むならば踏んで見ろ。おゝそれながらと罷り出て、汝《きさま》の悪事を訴へて、首にしてやるから覚悟しやあがれ。得三はぎよつとして、「何の、踏むなどといふ図太い了簡を出すものか。と慌つる状《さま》に高田は附入《つけい》り、「そんなら金を、さあ返済《かへ》せ。「今といつては何とも何うも。「ぢや訴へて首にしようか。「其は余り御無体な。「えゝ!面倒だ。と立懸れば、「まあ、待つて呉れ。と袂を取るを、「乞食め、動くな。と振離され、得三忽ち血相変り、高田の帯際無手《むず》と掴みて、じり/\と引戻し、人形の後の切抜戸を、内よりはたと鎖《とざ》しける。
 何をかなしけむ。壁厚ければ、内の物音外へは漏れず。
 良《やゝ》ありて戸を開き差出したる得三の顔は、眼据つて唇わなゝき、四辺《あたり》を屹と見廻して、「八蔵、八蔵、と呼懸けたり。八蔵は入来りぬ。得三は声を潜《ひそ》め、「八、一寸爰《こゝ》へ来い。「へい、何、何事でございます。と人形の袖を潜つて密室の戸口に到れば、得三は振返つて後を指《ゆびさ》し、「此を。……八蔵は覗き込みて反り返り、「ひやつ、高田様《さん》が自殺をしたッ。と叫ぶを、「叱《しつ》!声高しと押止めて、眼を見合はせ少時《しばらく》無言《だんまり》、此時一番鷄の声あり。

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