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 『活人形』 鏡花とアンティークと古書の小径

 得三は片頬に物凄き笑を含みて、「八蔵。といふ顔を下より見上げて、「へい。「お前にも左様《さう》見えるかい。「何《な》、何《な》、何が。「いやさ。高田の骸は自殺と見えるか。「へい。自分で短刀の柄《つか》を握つて而して自分の喉を突いてれば誰が見ても全く自殺。「応《うむ》、慥《たしか》に左様《さう》みえる。が、実は我《おれ》が殺したのだ。「えゝ、お殺《やん》なすつたか。「突然藤が居無くなつたぞ。八、先刻《さつき》からお録は見懸けまいな。「へい、あの婆様《ばあさん》は何処へ行つたか居りません。「左様《さう》だらう。彼奴《あいつ》もしたゝか者だ。お藤を誘拐《かどはか》して行つたに違ひ無い。あの娘はまだ小児《こども》だ。何にも知らないから可し、老婆《ばゞあ》も、我等《おれら》と一所に働いた奴だ。人に悪事は饒舌《しやべる》まい。惜くも無し、心配も無いが、高田の業突張、大層怒つてな。お藤がなくなつたら即金で千円返せ、返さなけりや、訴へると言ひ募つて、あの火吸器だもの、何というても肯くものか。既《すんで》に駈出さうとしやあがる。まゝよ毒喰《くら》はば皿迄と、我《おれ》が突殺したのだ。「其は好うございました。「すると奴さん苦しいものだから、拳で緊乎《しつかり》と此通り短刀《どす》の柄を握つたのよ。「体の可い自殺でございますね。「左様《さう》よ。其処で己《おれ》が旨い事を案じついたて。之からあの下枝を殺してさ。「下枝様《さん》を。「三年以来《このかた》辛抱して、気永に靡《なび》くのを待つて居たが、あゝ強情では仕様が無え。今では憎さが百倍だ。虐殺《なぶりごろし》にして腹癒《はらいせ》して、而《さう》して下枝の傍《そば》に高田の骸を僵《たふ》して置く。の、左様《さう》すれば誰が目にも、高田が下枝を殺して、自殺をしたと見えるといふものだ。何と可い工夫であらうが。」

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