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 『古狢』 青空文庫

「……と言われると、第一、東京の魚河岸の様子もよく知らないで、お恥かしいよ。――ここで言っては唐突《だしぬけ》で、ちと飛離れているけれど、松江だね、出雲《いずも》の。……茶町という旅館《はたご》間近の市場で見たのは反対だっけ――今の……」
 外套の袖を手で掲げて、
「十貫、百と糶上《せりあ》げるのに、尾を下にして、頭を上へ上へと上げる。……景気もよし、見ているうちに値が出来たが、よう、と云うと、それ、その鯛を目の上へ差上げて、人の頭越しに飜然《ひらり》と投げる。――処をすかさず受取るんだ、よう、と云って後《うしろ》の方で。……威勢がいい。それでいて、腰の矢立はここのも同じだが、紺の鯉口《こいぐち》に、仲仕とかのするような広い前掛を捲《ま》いて、お花見手拭《てぬぐい》のように新しいのを頸《えり》に掛けた処なぞは、お国がら、まことに大どかなものだったよ。」

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