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 『古狢』 青空文庫

 落雁を寄進の芸妓連が、……女中頭ではあるし、披露《ひろ》めのためなんだから、美しく婀娜《あだ》なお藻代の名だけは、なか間の先頭にかき込んでおくのであった。
 ――断るまでもないが、昨日《きのう》の外套氏の時の落雁には、もはやお藻代の名だけはなかった。――
 さて、至極古風な、字のよく読めない勘定がきの受取が済んで、そのうぐい提灯で送って出ると、折戸を前にして、名古屋の客が動かなくなった。落雁の芸妓を呼びに廓へ行く。是非送れ、お藻代さん。……一見は利かずとも、電話で言込めば、と云っても、威勢よく酒の機嫌で承知をしない。そうして、袖たけの松の樹のように動かない。そんな事で、誘われるような婦《おんな》ではなかったのに、どういう縁か、それでは、おかみさんに聞いて許しを得て。……で、おも屋に引返したあとを、お町がいう処の、墓所《はかしょ》の白張のような提灯を枝にかけて、しばらく待った。その薄い灯《あかり》で、今度は、蕈《きのこ》が化けた状《さま》で、帽子を仰向《あおむ》けに踞《しゃが》んでいて待つ。

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