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 『湯島の境内』 青空文庫

お蔦 (しおしおと押頂く)こうした時の気が乱れて、勿体ない事をしようとした、そんなら私、わざと頂いておきますよ。(と帯に納めて、落したる髷形《まげがた》の包に目を注ぐ。じっと泣きつつ拾取って砂を払う)も、荷になってなぜか重い。打棄《うっちゃ》って行きたいけれど、それでは拗《す》ねるに当るから。
早瀬 で、お前はどうする。
お蔦 私より貴方は……そうね、お源坊が実体《じってい》に働きますから、当分我慢が出来ましょう。私……もう、やがて、船の胡瓜《きゅうり》も出るし、お前さんの好きなお香々《こうこう》をおいしくして食べさせて誉《ほ》められようと思ったけれど、……ああ何も言うのも愚痴《ぐち》らしい。あの、それよりか、お前さんは私にばかり我ままを云う癖に、遠慮深くって女中にも用はいいつけ得ないんだもの。……これからはね、思うように用をさして、不自由をなさいますな。……寝冷《ねびえ》をしては不可《いけ》ませんよ。私、山百合を買って来て、早く咲くのを見ようと思って、莟《つぼみ》を吹いて、ふくらましていたんですよ、水を遣《や》って下さいな……それから。

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