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 『婦系図』 青空文庫

 格子戸の音がしたのは、客が外へ出たのである。その時、お蔦の留めるのも聞かないで、溝《どぶ》なる連弾《つれびき》を見届けようと、やにわにその蓋を払っため組は、蛙の形も認めない先に、お蔦がすっと身を退《ひ》いて、腰障子の蔭へ立隠れをしたので、ああ、落人でもないに気の毒だ、と思って、客はどんな人間だろうと、格子から今出た処を透かして見る。とそこで一つ腰を屈《かが》めて、立直った束髪は、前刻《さっき》から風説《うわさ》のあった、河野の母親と云う女性《にょしょう》。
 黒の紋羽二重の紋着《もんつき》羽織、ちと丈の長いのを襟を詰めた後姿。忰が学士だ先生だというのでも、大略《あらまし》知れた年紀《とし》は争われず、髪は薄いが、櫛にてらてらと艶が見えた。

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