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 『活人形』 鏡花とアンティークと古書の小径

 得三は床柱を見て屈竟と打頷き、矢庭に下枝を抱き寄せ、「〓《もが》くな。ぢつとして居れ。と彼の人形と押並べて、床柱へぐる/\巻きに下枝の手足を縛り附け、一足退《すさ》つて突立ちたり。下枝は無念さ遣る方なく、身体を悶えて泣き悲しむを寛々《ゆる/\》と打見遣り、「今となつては汝《きさま》の方から随ひます、財産も渡しますと吐《ぬ》かしても許しはせぬ。と言ひ放てば、下枝は顔に溢《こぼ》れ懸る黒髪を颯と振分け、眼血走り、「得三様《さん》、何《どう》しても殺すのか。といふ声いとゞ、裏枯れたり。「うむ、虐殺《なぶりごろし》にするのだ。「あれえ。「何だ、未だびく/\するか、往生際の見苦しい奴だ。「そんなら何うでも助からぬか、末期《いまは》の際に次三郎様《じさぶらうさん》にお目に懸つて、おのれの悪事をお知らせ申し敵《かたき》が討つて貰ひたい。と泣き入る涙も尽き果てて血を絞らむばかりなり。「次三《じさ》もな我《おれ》が命《いひ》つけて、八蔵が今朝毒殺した哩《わい》。「えゝあの方まで殺したのか。御方の失せさせ給ひし上は、最早此世に望みは無し、と下枝は落胆《がつかり》気落ちして、「もう聞たう無い、言《いゝ》度うない。さあお殺し。と口にて衣紋を引合はせ、縛られたるまゝ合掌して、従容として心中に観音の御名《みな》を念じける。
 爾時《そのとき》得三は袖を掲げて、雪よりき下枝の胸を、乳も顕はに押寛ぐれば、動悸烈しく胸騒立ちて腹は浪打つ如くなり。全体虫が気に喰はぬ腸《はらわた》断割つて出してやる。と刀引抜き逆手に取りぬ。

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