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 『龍潭譚』 青空文庫

 毒ありと疑へばものも食はず、薬もいかでか飲まむ、うつくしき顔したりとて、優《やさ》しきことをいひたりとて、いつはりの姉にはわれことばもかけじ。眼にふれて見ゆるものとしいへば、たけりくるひ、罵り叫びてあれたりしが、つひには声も出でず、身も動かず、われ人をわきまへず心地ぬべくなれりしを、うつらうつら舁きあげられて高き石壇をのぼり、大《おおい》なる門を入りて、赤土《あかつち》の色きれいに掃きたる一条《ひとすじ》の道長き、右左、石燈籠と石榴《ざくろ》の樹の小さきと、おなじほどの距離にかはるがはる続きたるを行きて、香《こう》の薫《かおり》しみつきたる太き円柱《まるばしら》の際に寺の本堂に据ゑられつ、ト思ふ耳のはたに竹を破る響きこえて、僧ども五三人一斉に声を揃へ、高らかに誦する声耳を聾するばかり喧ましさ堪ふべからず、禿顱《とくろ》ならびゐる木のはしの法師ばら、何をかすると、拳《こぶし》をあげて一人の天窓《あたま》をうたむとせしに、一幅《ひとはば》の青き光颯と窓を射て、水晶の念珠《ねんじゆ》瞳をかすめ、ハツシと胸をうちたるに、ひるみて踞まる時、若僧円柱《えんちゆう》をいざり出でつつ、ついゐて、サラサラと金襴《きんらん》の帳《とばり》を絞る、燦爛《さんらん》たる御廚子《みずし》のなかに尊き像《すがた》こそ拝まれたれ。一段高まる経の声、トタンにはたたがみ天地に鳴りぬ。

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