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 『古狢』 青空文庫

 一体黒い外套氏が、いい年をした癖に、悪く色気があって、今しがた明保野の娘が、お藻代のい手に怯《おび》えて取縋った時は、内々で、一抱き柔《やわら》かな胸を抱込《だきこ》んだろう。……ばかりでない。はじめ、連立って、ここへ庭樹の多い士族町を通る間に――その昔、江戸護持院ヶ原の野仏《のぼとけ》だった地蔵様が、負《おぶ》われて行こう……と朧夜《おぼろよ》にニコリと笑って申されたを、通りがかった当藩三百石、究竟《くっきょう》の勇士が、そのまま中仙道北陸道を負《おぶ》い通いて帰国した、と言伝えて、その負さりたもうた腹部の中窪《なかくぼ》みな、御丈《みたけ》、丈余《じょうよ》の地蔵尊を、古邸《ふるやしき》の門内に安置して、花筒に花、手水鉢に柄杓《ひしゃく》を備えたのを、お町が手つぎに案内すると、外套氏が懐しそうに拝んだのを、嬉しがって、感心して、こん度は切殺された、城のお妾《めかけ》さん――のその姿で、縁切り神さんが、向うの森の祠《ほこら》にあるから一所に行こうと、興に乗じた時……何といった、外套氏。――「縁切り神様は、いやだよ、二人して。」は、苦々しい。

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