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 『日本橋』 青空文庫

 無いだ。が、お前んに逢って、機嫌の悪い事でもあった日には、家中に八ツ当りで、十言云うことに、一口も口を利かぬ。愚に返った苦労女をどうするだね。お前んの身に異常がありゃ、女も一所に死ぬですだろうで、……そうなればどうなるですだい。
 国手、俺は、あの女は生命より大事ですで、のうにもに切れん。生きとるにも生きとられん。
 国手、顔を見られないくらいなら、姿だけも見るが可えし、姿さえ見られんなら声ばかりも聞くが増だし、その声さえも聞かれないなら、跫音でも聞いていたい。その跫音にすらすらと衣服の触る音でもしょうなら、魂に綱をつけて、ずるずる引摺り引廻されて、胸を引掻いて、のた打廻るだ。

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