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 『龍潭譚』 青空文庫

 里の者、町の人皆挙《こぞ》りて見にゆく。日を経てわれも姉上とともに来り見き。その日一天うららかに空の色も水の色も青く澄みて、軟風《なんぷう》おもむろに小波《ささなみ》わたる淵の上には、塵一葉の浮べるあらで、白き鳥の翼広きがゆたかに藍碧《らんぺき》なる水面を横ぎりて舞へり。
 すさまじき暴風雨《あらし》なりしかな。この谷もと薬研《やげん》の如き形したりきとぞ。
 幾株となき松柏《まつかしわ》の根こそぎになりて谷間に吹倒されしに山腹の土落ちたまりて、底をながるる谷川をせきとめたる、おのづからなる堤防をなして、凄まじき水をば湛へつ。一たびこのところ決潰せむか、城《じよう》の端《はな》の町は水底《みなそこ》の都となるべしと、人々の恐れまどひて、怠らず土を装り石を伏せて堅き堤防を築きしが、あたかも今の関屋少将の夫人姉上十七の時なれば、年つもりて、嫩《ふたば》なりし常磐木《ときわぎ》もハヤ丈のびつ。草生ひ、苔むして、いにしへよりかかりけむと思ひ紛ふばかりなり。

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