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 『夜叉ヶ池』 青空文庫

晃 ここに伝説がある。昔、人とと戦って、この里の滅びようとした時、越《えつ》の大徳泰澄《だいとくたいちょう》が行力《ぎょうりき》で、竜神をその夜叉ヶ池に封込《ふうじこ》んだ。竜神の言うには、人の溺《おぼ》れ、地の沈むを救うために、自由を奪わるるは、是非に及ばん。そのかわりに鐘を鋳て、麓《ふもと》に掛けて、昼夜に三度ずつ撞鳴《つきな》らして、我を驚かし、その約束を思出させよ。……我が性は自由を想う。自在を欲する。気ままを望む。ともすれば、誓《ちかい》を忘れて、狭き池のをして北陸七道に漲《みなぎ》らそうとする。我が自由のためには、世の人畜の生命など、ものの数ともするものでない。が、約束は違《たが》えぬ、誓は破らん――但しその約束、その誓を忘れさせまい。思出させようとするために、鐘を撞《つ》く事を怠るな。――山沢、そのために鋳た鐘なんだよ。だから一度でも忘れると、たちどころに、大雨《たいう》、大雷《だいらい》、大風とともに、夜叉ヶ池から津浪が起って、村も里もの底に葬って、竜神は想うままに天地を馳《は》すると……こう、この土地で言伝える。……そのために、明六つ、暮六つ、丑満つ鐘を撞く。……

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