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 『龍潭譚』 青空文庫

 幾株となき松柏《まつかしわ》の根こそぎになりて谷間に吹倒されしに山腹の土落ちたまりて、底をながるる谷川をせきとめたる、おのづからなる堤防をなして、凄まじき水をば湛へつ。一たびこのところ決潰せむか、城《じよう》の端《はな》の町は水底《みなそこ》の都となるべしと、人々の恐れまどひて、怠らず土を装り石を伏せて堅き堤防を築きしが、あたかも今の関屋少将の夫人姉上十七の時なれば、年つもりて、嫩《ふたば》なりし常磐木《ときわぎ》もハヤ丈のびつ。草生ひ、苔むして、いにしへよりかかりけむと思ひ紛ふばかりなり。
 あはれ礫《つぶて》を投ずる事なかれ、うつくしき人の夢や驚かさむと、血気なる友のいたづらを叱り留めつ。年若く面《おもて》清き軍の少尉候補生は、薄暮暗碧《はくぼあんぺき》を湛へたる淵に臨みて粛然とせり。

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