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『龍潭譚』 青空文庫
袂《たもと》のちり打はらひて空を仰げば、日脚やや斜《ななめ》になりぬ。ほかほかとかほあつき日向に唇かわきて、眼のふちより頬のあたりむず痒きこと限りなかりき。
心着けば旧来し方にはあらじと思ふ坂道の異なる方にわれはいつかおりかけゐたり。丘ひとつ越えたりけむ、戻る路はまたさきとおなじのぼりになりぬ。見渡せば、見まはせば、赤土の道幅せまく、うねりうねり果しなきに、両側つづきの躑躅の花、遠き方は前後を塞ぎて、日かげあかく咲込めたる空のいろの真蒼き下に、彳むはわれのみなり。
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