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 『春昼後刻』 泉鏡花を読む

「まだ、あんな事をおつしやるよ。然うお疑ひなさるんなら申しませう。貴下、此のまあ麗かな、樹も、草も、血があれば湧くんでせう。朱の色した日の光にほかほかと、土も人膚のやうに暖うござんす。竹があつても暗くなく、花に陰もありません。燃えるやうにちら/\咲いて、水へ散つても朱塗の杯になつてゆる/\流れませう。海も真蒼な酒のやうで、空は、」
 とい掌を、膝に仰向けて打仰ぎ、
「緑の油のやう。とろ/\と、曇もないのに淀んで居て、夢を見ないかと勧めるやうですわ。山の形も柔かな天鵝絨の、ふつくりした括枕に似て居ます。其方此方陽炎や、糸遊がたきしめた濃いたきもののやうに靡くでせう。雲雀は鳴かうとして居るんでせう。鶯が、遠くの方で、低い処で、此方にも里がある、楽しいよ、と鳴いて居ます。何不足のない、申分のない、目を瞑れば直ぐにうと/\と夢を見ますやうな、此の春の日中なんでございますがね、貴下、これをどうお考へなさいますえ。」

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