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 『日本橋』 青空文庫

 その翌年の春である。日本橋三丁目の通の角で、電車の印を結んで、小児演技の忠臣義士を煙に巻いて、姿を消した旅僧が、胸に掛けた箱の中には、同じ島田の人形が入っていたのである。
 生理学教室|三昧の学士も、一年ばかりお孝に馴染んで、その仕込みで、ちょっと大高源吾ぐらいは玩ぶことが出来たのである。
 却説、葛木法師の旅僧は遠くも行かず、どこで電車を下りて迂廻したか、多時すると西河岸へ、船から上ったごとく飄然として顕れて、延命地蔵尊の御堂に詣でて礼拝して、飲酒家の伯父さんに叱られたような形で、あの賓頭廬の前に立って、葉山繁山、繁きが中に、分けのぼる峰の、月と花。清葉とお孝の名を記にした納手拭の、一つは白く、一つは青く、春風ながら秋の野に葛の裏葉の飜る、寂しき色に出でて戦ぐを見つつ、去るに忍びぬ風情であった。

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