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 『日本橋』 青空文庫

 眼は火のごとく血走りながら、厚い唇は泥のごとく緊なく緩んで、ニタニタと笑いながら、足許ふらふらと虚空を睨んで、夜具包み背負って、ト転倒がる女を踏跨ぎ、硝子戸を立てて飛ぶ男を突飛ばして、ばたばたと破って通る。
「この勢だい、殺せるだい。」
 火の盛なる頃なれば、大膚脱ぎを誰一人目に留る者も無く、のさのさと蟇の歩行みに一町隣りの元大工町へ、ずッと入ると、火の番小屋が、あっけに取られた体に口を開けてポカンとして、散敷いた桜の路を、人の影は流るるよう。……半鐘の響、太鼓の音、ぱっぱっと燃ゆる音、べらべらと煙の響、もの音ばかり凄じく、両側の家はただ、黒い墓のごとく、寂しいまでにひそまり返って、ただ処々、廂に真赤な影は、そこへ火を呼ぶか、と凄いのである。

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