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 『春昼後刻』 泉鏡花を読む

 何為か、秋の暮より今、此の方が心細いんですもの。それで居て汗が出ます、汗ぢやなくつて恁う、あの、暖かさで、心を絞り出されるやうですわ。苦しくもなく、切なくもなく、血を絞られるやうですわ。柔かな木の葉の尖で、骨を抜かれますやうではございませんか。こんな時には、肌が蕩けるのだつて言ひますが、私は何んだか、水になつて、其の溶けるのが消えて行きさうで涙が出ます、涙だつて、悲しいんぢやありません、然うかと言つて嬉しいんでもありません。
 あの貴下、叱られて出る涙と慰められて出る涙とござんすのね。此の春の日に出ますのは、其の慰められて泣くんです。矢張悲しいんでせうかねえ。おなじ寂しさでも、秋の暮のは自然が寂しいので、春の日の寂しいのは、人が寂しいのではありませんか。

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