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 『古狢』 青空文庫

 温泉宿でも、夜汽車でついて、すぐ、その夜半《よなか》だったんですって。――どこでもいうことでしょうかしら? 三つ並んだはばかりの真中《まんなか》へは入るものではないとは知っていたけれども、誰も入るもののないのを、かえって、たよりにして、夜ふけだし、そこへ入って……情《なさけ》ないわけねえ。……鬱陶《うっとう》しい目金も、マスクも、やっと取って、はばかりの中ですよ。――それで吻《ほっ》として、大《おおき》な階子段《はしごだん》の暗いのも、巌山《いわやま》を視《なが》めるように珍らしく、手水鉢《ちょうずばち》に筧《かけひ》のかかった景色なぞ……」
「ああ、そうか。」
「うぐい亭の庭も一所に、川も、山も、何年ぶりか、久しぶりで見る気がして、湯ざめで冷くなるまで、覗《のぞ》いたり、見廻したり、可哀想じゃありませんか。

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