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 『貝の穴に河童の居る事』 青空文庫

「そんな事は決してない。考えているうちに、私にはよく分った。雨続きだし、石段が辷《すべ》るだの、お前さんたち、蛇が可恐《こわ》いのといって、失礼した。――今夜も心ばかりお鳥居の下まで行った――毎朝拍手《かしわで》は打つが、まだお山へ上らぬ。あの高い森の上に、千木《ちぎ》のお屋根が拝される……ここの鎮守様の思召しに相違ない。――五月雨《さみだれ》の徒然《つれづれ》に、踊を見よう。――さあ、その気で、更《あらた》めて、ここで真面目《まじめ》に踊り直そう。神様にお目にかけるほどの本芸は、お互にうぬぼれぬ。杓子舞、擂粉木舞だ。二人は、わざとそれをお持ち、真面目だよ、さ、さ、さ。可いかい。」
 笛吹は、こまかい薩摩《さつま》の紺絣《こんがすり》の単衣《ひとえ》に、かりものの扱帯《しごき》をしめていたのが、博多《はかた》を取って、きちんと貝の口にしめ直し、横縁の障子を開いて、御社《おやしろ》に。――一座退《しさ》って、女二人も、慎み深く、手をつかえて、ぬかずいた。

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