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 『婦系図』 青空文庫

 当時、女学校の廊下を、紅色の緒のたった、襲裏《かさねうら》の上穿《うわばき》草履で、ばたばたと鳴らしたもので、それが全校に行われて一時《ひとしきり》物議を起した。近頃静岡の流行は、衣裳も髪飾もこの夫人と、もう一人、――土地随一の豪家で、安部川の橋の袂《たもと》に、大巌山《おおいわやま》の峰を蔽う、千歳の柳とともに、鶴屋と聞えた財産家が、去年東京のさる華族から娶《めと》り得たと云う――新夫人の二人が、二つ巴《ともえ》の、巴川に渦を巻いて、お濠《ほり》の水の溢《あふ》るる勢《いきおい》。
「ちっとも存じませんで、失礼を。貴女、英吉君とは、ちっとも似ておいでなさらないから勿論気が着こう筈がありませんが。」
 主税のこの挨拶は、真《まこと》に如才の無いもので。熟々《つくづく》視ればどこにか俤が似通って、水晶と陶器《せと》とにしろ、目の大きい処などは、かれこれ同一《そっくり》であるけれども、英吉に似た、と云って嬉しがるような婦人《おんな》はないから、いささかも似ない事にした。その段は大出来だったが、時に衣兜《かくし》から燐寸《マッチ》を出して、鼻の先で吸つけて、ふっと煙を吐いたが早いか、矢のごとく飛んで来たボオイは、小火《ぼや》を見附けたほどの騒ぎ方で、

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