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 『婦系図』 青空文庫

 地を坤軸《こんじく》から掘覆《ほりかえ》して、将棊倒《しょうぎだおし》に凭《よ》せかけたような、あらゆる峰を麓に抱《いだ》いて、折からの蒼空に、雪なす袖を飜《ひるがえ》して、軽くその薄紅の合歓の花に乗っていた。
「結構な御住居《おすまい》でございますな。」
 ここで、つい通りな、しかも適切なことを云って、部屋へ入ると、長火鉢の向うに坐った、飾を挿さぬ、S巻の濡色が滴るばかり。お納戸の絹セルに、ざっくり、山繭縮緬《やままゆちりめん》の縞の羽織を引掛けて、帯の弛《ゆる》い、無造作な居住居《いずまい》は、直ぐに立膝にもなり兼ねないよう。横に飾った箪笥の前なる、鏡台の鏡の裏《うち》へ、その玉の頸《うなじ》に、後毛《おくれげ》のはらはらとあるのが通《かよ》って、新《あらた》に薄化粧した美しさが背中まで透通る。白粉の香は座蒲団にも籠ったか、主税が坐ると馥郁《ふくいく》たり。

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