検索結果詳細


 『婦系図』 青空文庫

 ここで、つい通りな、しかも適切なことを云って、部屋へ入ると、長火鉢の向うに坐った、飾を挿さぬ、S巻の濡色が滴るばかり。お納戸の絹セルに、ざっくり、山繭縮緬《やままゆちりめん》の縞の羽織を引掛けて、帯の弛《ゆる》い、無造作な居住居《いずまい》は、直ぐに立膝にもなり兼ねないよう。横に飾った箪笥の前なる、鏡台の鏡の裏《うち》へ、その玉の頸《うなじ》に、後毛《おくれげ》のはらはらとあるのが通《かよ》って、新《あらた》に薄化粧した美しさが背中まで透通る。白粉の香は座蒲団にも籠ったか、主税が坐ると馥郁《ふくいく》たり。
「こんな処へお通し申すんですから、まあ、堅くるしい御挨拶はお止しなさいよ。ちょいと昨夜《ゆうべ》は旅籠屋で、一人で寂しかったでしょう。」
 と火箸を圧えたそうな白い手が、銅壺の湯気を除《よ》けて、ちらちらして、

 2328/3954 2329/3954 2330/3954


  [Index]