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 『婦系図』 青空文庫

 あの、地方《いなか》の車だって疾いでしょう。それでも何よ、まだか、まだか、と立って見たり坐って見たり、何にも手につかないで、御覧なさい、身化粧《みじまい》をしたまんま、鏡台を始末する方角もないじゃありませんか。とうとう玄関の処《とこ》へ立切りに待っていたの。どこを通っていらしって?」
 返事も聞かないで、ボンボン時計を打仰ぐに、象牙のような咽喉《のど》を仰向け、胸を反らした、片手を畳へ。
「まあ、まだ一時間にもならないのね。半日ばかり待ってたようよ。途中でどこを見て来ました。大東館の直きこっちの大きな山葵《わさび》の看板を見ましたか、郵便局は。あの右の手の広小路の正面に、煉瓦の建物があったでしょう。県庁よ。お城の中だわ。ああ、そう、早瀬さん、沢山《たんと》喫《あが》って頂戴、お煙草。露西亜《ロシヤ》巻だって、貰ったんだけれど、島山(夫を云う)はちっとも喫《の》みませんから……」

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