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 『古狢』 青空文庫

 が、私のこの旅客は、実は久しぶりの帰省者であった。以前にも両三度聞いた――渠《かれ》の帰省談の中の同伴《つれ》は、その容色《きりょう》よしの従姉《いとこ》なのであるが、従妹はあいにく京の本山へ参詣《おまいり》の留守で、いま一所なのは、お町というその娘……といっても一度縁着いた出戻りの二十七八。で、親まさりの別嬪《べっぴん》が冴返《さえかえ》って冬空に麗《うらら》かである。それでも、どこかひけめのある身の、縞《しま》のおめしも、一層なよやかに、羽織の肩も細《ほっそ》りとして、抱込《かかえこ》んでやりたいほど、いとしらしい風俗《ふう》である。けれども家業柄――家業は、土地の東の廓《くるわ》で――近頃は酒場か、カフェーの経営だと、話すのに幅が利くが、困った事にはお茶屋、いわゆるおん待合だから、ちと申憎い、が、仕方がない。それだけにまた娘の、世馴《よな》れて、人見知りをしない様子は、以下の挙動《ふるまい》で追々《おいおい》に知れようと思う。
 ちょうどいい。帰省者も故郷へ錦《にしき》ではない。よって件《くだん》の古外套で、画の台本や、仕入ものの大衆向で、どうにか世渡りをしているのであるから。

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