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 『春昼後刻』 泉鏡花を読む

「あゝ、貴下も其の(厭な心持)をおしやいましたよ。ぢや、もう私も其のお話をいたしても差支へございませんのね。」
「可うございます。はゝゝはゝ。」
 ト一寸更まつた容子をして、うしろ見られる趣で、其二階家の前から路が一畝り、矮い藁屋の、屋根にも葉にも一面の、椿の花の紅の中へ入つて、菜畠へ纔に顕れ、苗代田で又絶えて、遥かに山の裾の翠に添うて、濁つた灰汁の色をなして、ゆつたりと向うへ通じて、左右から突出た山でとまる。橿原の奥深く、蒸し上るやうに低く霞の立つあたり、背中合せが停車場で、其の腹へ笛太鼓の、異様に響く音を篭めた。其処へ、遥かに瞳を通はせ、しばらく茫然とした風情であつた。

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