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 『海神別荘』 華・成田屋

公子  あるのを知らないのです。海底の琅〓(ろうかん)の宮殿に、宝蔵の珠玉金銀が、虹に透いて見えるのに、更科(さらしな)の秋の月、錦を染めた木曾の山々は劣りはしない。・・・峰には、その錦葉(もみじ)を織る竜田姫がおいでなんだ。人間は知らんのか、知っても知らないふりをするのだろう。知らない振をして見ないんだろう。――陸(くが)は尊い、景色は得難い。今も、道中双六をして遊ぶのに、五十三次の一枚絵さえ手許にはなかったのだ。絵も貴(とうと)い。
女  あんな事をおっしゃって、絵には活きたものは住んでおりませんではありませんか。
公子  いや、住居(すまい)している。色彩は皆活きて動く。けれども、人は知らないのだ。人は見ないのだ。見ても見ない振(ふり)をしているんだから、決して人間の凡(すべ)てを貴いとは言わない、美(うつくし)いとは言わない。ただ陸(くが)は貴い。けれども我が海は、この水は、一畝(ひとうね)りの波を起して、その陸を浸す事が出来るんだ。ただ貴く、美(うつくし)いものは亡びない。・・・中にも貴方は美しい。だから、陸の一浦を亡ぼして、ここへ迎え取ったのです。亡ぼす力のあるものが、亡びないものを迎え入れて、且つ愛し且つ守護するのです。貴女は、喜ばねば不可い、嬉しがらなければならない、悲しんではなりません。

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